縄酔いの宴

縁について

お久しぶりです。

 

縄をはじめて、人との縁について、よく考えるようになりました。

 

人と人とを繋ぐ。
見えない絆。
縁。

 

すべての人間関係は、結局はご縁があるかどうか。で、決まるのだと思います。

 

縁がなければ、どうあがいても上手くはいかない。

縁がある人相手でも、
うまくいくときもあれば、必ずしも順風満帆にいかないときもある。
今は遠ざかる縁もあれば、
急に距離が縮まる縁もある。


男女問わず、緊縛を通して様々な人と関わりをもつ中で、
恋愛感情や色欲に限らず、
1人の人として常に相手に対して、
友愛の情をもって接しています。

 

執着や支配、コントロール欲求などではなく、
相手を理解したいという思いのかけかた。

ある種の愛情表現の一つなのだと思っています。

 

相手を受け入れたいという気持ちで、いつでも縄を受けてきました。
相手が縄に抱いている思いが強いほど、
それを肯定したいという気持ちがあった。
なぜそんな気持ちでいるのかは分からないけど。

 

いつか私を受け入れてくれる人が現れるだろうと、微かな願いも抱いていました。

 

 

例え寄り添えなくても、
相手の幸せを祈っている。

 

 

緊縛を通して、人との絆の尊さを学んだし、
相性というものが如何に大切で、
波長が合う相手との関係で育まれるものが、真に人を成長させるのだと知りました。

 

その関係が結びとして成就しなくても、
互いの人生に何らかのプラスになるのだと思っています。

 


私は、縄を愛する人を愛している。

 


今は自分の中でもやもやが晴れず、
自分の気持ちを誤魔化すことができない不器用な私は、
ちょっと混乱して、嫌な女になっている。
自分自身がちょっと嫌い。


言い訳するのも嫌なので、ハッキリ言います。
自分が嫌いです。

 

 


軽く遊ぶことも出来ない私は、
密かにSMの闇に堕ちてみようかなと思います。

 

 

悪い女になります。

よろしくね。

 


ブログ再開します。

 

ナナ