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縄酔いの宴

プロになれ

最近自分のなかに矛盾をたくさん発見してしまって、
ごちゃごちゃしていました。

このままでは、つまらない女に成り下がってしまう。

本当に、つまらないなあ。


何がしたいのかわからなくなってしまって。正直、すごく辛いです。


今はとにかく、辛いって気持ちしかない。

とあるSMマニアの方に、心情を吐露したら、自分の中で勘違いしていたことも見えてきた。

昔のSMマニアからしたら、
縄を受ける、という表現がそもそもおかしい、という話をされました。

縛られている方は縄を受けているのではなくて、発する側、内側に抱えているものを吐き出すのであって、
むしろ縛っている方が受けているのだよ。
縛られている方が、責め手なんだよ、と。

それを聞いたら、私の中に感じていた違和感の正体が分かってきた。

 

私が縄に惹かれた理由ってなんだろう。
最初は緊縛が面白くて、とにかく突き詰めるまで探求したかったというのが動機でした。
いろんな縛り方があるんだなあ!

研究してみたいなあ!
なんで縄って気持ち良いんだろう。
という単純な好奇心があった。
所謂業界というものにも愛着が湧いてきました。
最初のうちは、無邪気に楽しんでいました。
人と赤裸々に触れ合うのが楽しかった。
コミュニティにいるのが、楽しかった。

 

何が一番、楽しいと思うか?と言えば、
いい顔をする、いい表情をすると褒められるのが、嬉しかったのですよね。

 

わたしも必要とされているんだ。
自分のなかに封じ込めていた魅力があったんだ。
それが人を動かして、興奮させる力があったんだ!
と思うと、俄然面白くなった。

 

それで、いつかはショーにも出てみたい、と思っていた。
緊縛美研究会にモデル出演してさせていただきましたが、それはあくまで私が奈加さんに縛られたい気持ちが主でした。
ギャラをもらったわけでもありません。

人に見せる、ということは、あまり考えていませんでした。

憧れの方にようやく縛っていただけた!
楽しかった、嬉しかった、という自己満足でしかないんですよね。
見ている人がエロかったと思ったかは不明です。私には反響が何も届かないので。

 

マニアさんから厳しい指摘もされた。
これからまたライブに出たい!といっても、お客さんからお金をもらって観ていただくのだから、自分の気持ち良さよりも、大事なのは他人の欲望なんだよ。

 

一回でも舞台にたってギャラをもらって縛られたら、君はもうプロだ。

 

プロなら見ている人を勃起させてなんぼなんだ。
舞台に立つ以上、他人が興奮するように、演じるんだよ。
女優なんだよ、と言われました。

 

君は見られるのが好きだろう?
と。いい顔に自信あるんだろう?
だったらその表情をとことん見せてみろよ。その綺麗な表情を引き出してくれる縄師さんに縛られなさい、と。

 

 

縛られて演じるようになってしまうのは嫌だ。
相手との関係性も大事でしょう。
と、言ったら、

 

緊縛ショー観に来るのはSMマニアなんだから、自己満じゃ喜ばねえよ。

自己満なら、
オナニーショーした方が客喜ぶよ。

 

人に見せたいなら、プロ意識持てよ。
客は金払ってるんだ。舐めるなよ。

SMマニアは、
学芸会をみたいわけじゃないよ。

というわけ。

 

となると、私は途端にどうしていいか分からない!笑
単なるショーにぽっと出るなら単発アルバイトみたいなもので、
ストリップと変わらないのだ。
それをやりたいかと言えば…正直いいやって感じ。

 

やるならとことん突き詰めなきゃ、ホントはダメなんだよね。
舞台に立つって、そういう厳しい話。


どこかに見せてやる!
そんな本物の舞台を作りたい!
という気持ちがあるのだろうと思います。
ただ、需要があるか?といったら、もちろんアンダーグラウンドの狭い狭い世界にしかない。
たくさんのお客さんに喜んでもらえるような内容より、
真の縄好きのマニアしか集まらない場でしか、ない。
世間にはそんなの理解されないのです。
しかも、パートナーがいない私ですから、なかなか難しいのですよね。

だから、パートナーを作ろう!と思っても、縄は嫉妬の感情や恋愛的な要素もかなり濃く混ざるから、なかなか難しいのです。

 

人に見せたいなら、覚悟決めてプロになれよ。
なんて言われました。

自信もって、
プロのエロアーティストになれよ。
と。
どんな責めにも耐える、という覚悟じゃないよ。
怪我してもいい、という覚悟じゃない。

男は勃起したくて見に来ているんだ。
抜きたいからエロやってるんだ。

とにかく人を勃起させる覚悟だよ。
どこまで裸になれるか、脱げるかっていう覚悟だよ。

 

その覚悟がないなら、おとなしくマニアとして、個人的に楽しめばいいんだ。

ってね。
うわ、ごもっとも。

 

 

最近、業界のお店やサロンがつまらない。私が慣れすぎちゃったからだろうけど。
一周回ったってやつですね。

 

今の縄好きさんは如何に相手を傷めないか、に一番気を使っている。
私も怪我をしないように、ということにとにかく気をつけている。
何かあったら事故だと騒ぎが大きくなって、今はネットで拡散してしまう。
叩かれる。批判される。
マニアはみんな縮こまってしまう。
だからつまらなく思えてきたのかな、と思う。
怪我をさせたかどうかが、SMの基軸になるのはおかしい気がする。
SMはとても精神的なものでしょう。
すごく繊細で、デリケートなものなんだ。

ショーを見ている人も、真面目な顔して腕組みして、
あの縄筋は危ない、とか、縄が緩んでるから下手だよ、とか、そういう見方をしてたりする。
そういうのじゃないよね、ホントは。

 

わたしはS性が強いので、
ただ黙って委ねて縛られて縄に入って責められて気持ちよくなって…みたいな縛りが、今までなかなかできなかった。
どこかで相手を探ってしまう。

もっと綺麗に縛れよ、気持ちよくさせろよ、ちゃんとしろよ!
責めるなら圧倒してみろよ、
お前ホントに縄やりたいのか?
なんで縄やりたいんだよ。
お前の縛りってなんだよ。
という挑発する気持ちもあるけど、
私をどう思っているかも探っている。

私の中のSは、相当強い。
本当に縄に入って欲しければ、
本気で落としに来て欲しい。
と、どこかで思っている。

技術じゃない。心で落とすのですよ。
それにはやはり、関係性が必要ですよね。
なんらかの切実さ、愛情がないと、
私の閉じた心は開かないのです。
そこまで私を思ってくれる人が、果たしているのかは謎です。笑

需要なんてないかもしれない。
結構、気難しいタイプです。
なかなか懐かないのです。笑

自分を解放するだけじゃなく、相手の気持ちも引き出したい。
それには共鳴するものがなくては、ダメなのですよね。
そして私が泣き叫ぶことで、ともにカタルシスが得られる。
みたいな。


わたしにとって、縛りは共鳴なのです。
その真実の姿に、本物のエロスがあるんだと思う。
最近やっとそこに到達しました。

君のS性をもっと素直に出したら面白いよ。とも、言われました。
そのS性を解放したいから、縄をしてるんだろう?って。
君はSにしか見えないよってさ。

私のいい顔見て、勃起しなさいよ、この変態野郎!
みたいな。笑
そこまで振り切って、見せてみろよ。
ってことです。

 

あ、そうか。
緊縛はやはりSMですね。
私はSであります。簡単には身を捧げません。最初からMとして屈服して、縛られるタイプでもない。

Sを落とす縛りって、難しいですね。
うすうす気が付いていたけれど。
それを素直に出していけばいいんだよ、と。

S女の方が需要あるよ。
縄師はメンタルMな人多いからね!笑

 

 

そのSを落とせたら、私はただの可愛い女になるのだと思う。

 

 

表現したいなら、もっと書けばいいじゃないか。とも言われました。
文章得意なんだろ。
と。緊縛小説とか書けばいいだろ。
それもマニアな内容だなあ!
ご主人さまと奴隷の、今風の分かりやすい話ではないよう。
お金にはならなそうだ。笑
事実このブログも、アクセス数が少ないのです。
内容が偏りすぎているので、読んでくれている人が本当の縄好きさんしかいないのでしょう。
あんまエロもないし。
人に喜ばれる官能って、なんだろうなあ…。時代に逆行してるのかな。
官能っていう概念が、時代遅れなのかな。
だんだん人間が、人間らしくなくなっていく。

人がコンピュータになっていく。


私がしているのは、
自己探求なのか。
性の探求なのか。
そもそも普通のセックスに欲望をあまり感じない時点で、病理なのか。
結構真剣に悩んでしまいます。

セックスしろよ!セックス気持ちいいよ。もっと感じるようになるよ。
未開発な快感たくさんあるよ!
もっと遊べよ。せっかくの女盛りなんだから。明るく楽しく遊べばいいんだよ。
なんてことも言われました。
それも大切なんですよね。
好きな人に抱かれて気持ちよくて幸せ!
ってだけじゃ収まらない何かが、自分の中にある。
その正体が、未だにわからない。

性欲が、淡白なだけかもしれないけど。
性欲よりも、私の場合は表現欲が強いのかな。とも思います。

でも、表現したい自分なんか、あるのかな。
なんて。
かなり悩んでしまっています。


SMばかり考えてる時点で、
頭がおかしいです。
世間は物騒です。
戦争にならないといいなあ。


ちょっと疲れています。
今は添い寝をしてくれる人が欲しい!笑

 

寄り添いたい。
肩の力を抜きたい。


今の私に必要なのは、そっと寄り添える人。
辛い気持ちを黙って聞いて欲しい。
うまく言葉にならなくても、受け止めて欲しいなあ。