縄酔いの宴

プライドと殺意

縄好きの人の怖さって、

縄自体の危なさの問題だけじゃないと思っています。

 

怖いのは、プライドと、縛る動機。

 

縄のうまい人、ライフワークにしてる人ほど、自身の縄に対するプライドはかなり高いですよね。

当たり前です。

そのプライドは、絶対傷つけてはならないのだと感じます。

 

ただ、縛られている方としても相手の都合ばかり飲むわけにはいきません。

 

だから、たまに衝突することになります。

 

 

それは縄師とモデルのガチンコ勝負!

と捉えることもできるでしょうね。

ある意味緊縛の醍醐味なのかな、とも思うようになりましたが…

私はプロとして活動してるわけじゃないけれど。

すでにガチンコ感はヒリヒリ感じてます。まだ私が感じてるのは、甘い方でしょうね。

緊縛じゃなくて、緊迫です…。

 

 

 

なぜ、縄にハマったのか…

思いを巡らせることは、ありますか?

 

縄の相手をしていて、

その人の縛る動機が、

殺人衝動のようなものなんじゃないか、

と感じるときがあります。

 

不特定多数に対する殺意か、

惚れた女を自分の手にかけて殺したいのか、

分かりませんけれども。

そういう負の衝動を、

縛りのプレイとして、昇華してるんだなあ、と感じる。

 

縛るのが好き、

=拘束、監禁したい、

自分の世界に閉じ込めてしまいたい。

虐めて苦しめて支配したい、

ということにもなりますから。

 

自分を苦しめた女というものへの、

復讐なのかな?

とも思う。

 

 

 

愛が深すぎる、というか…

愛ではないのかもしれません。

嫉妬は深い。

憎しみまでいくと、もっと怖い。

 

天城越え

誰かに取られるくらいなら、

あなたを殺していいですか?

そんな世界観。

慈しみ育む愛ではなく、

SM的な愛。

 

 

この人は私を縛って、

散々に蹂躙し、犯し、

殺め、

冷たくなった頬を手のひらで包み、

泣きながら謝りながら、

山に埋め、

何食わぬ顔をして日常に戻るのでしょう。

 

そこまでの情念を、男性の縄師から感じることもある。

 

なんて、ちょっと大袈裟な言い方ですが、

そういう人も、もちろんいるんだよ、

SMやってるんですから…

苦しめるのも苦しむのも好きなのよ。 

 

縄が危なくて怪我するとか以前に、

 

一番怖いと思うのは、

嫉妬。

 

縄に入るということは、

強烈に相手を自分に引き寄せてしまうということでもあるんだなと思い、

危うさを自覚している私は、

なかなか深い関係になれません。

 

 

私の中にも、殺されたいという欲望があるのかな…

と思うのも、怖い。

  

 

死ぬ間際に見るのが、

あなたの目の奥に燃える炎だったら…

 

 

 

 

それがSMの行き着く先なら、

そりゃ尻込みします。

 

 

 

人って怖いよ。

怖いだけじゃないけど。

疑いながら信じないと、やっていけない。

 

 

せめて自分は、闇に飲まれないようにしないと。

 

 

~(=^・ω・^)ノ ニャー! 

 

 

 

 和泉那奈