縄酔いの宴

私とあなたの世界

緊縛美研究会にて、
奈加さんが吠えてました。

縛り手と受け手という表現を使うな、と。やめてくれ、と。
気持ち悪いんですって。
叱られてしまいました。

 

 

(*/∀\*)イヤン

 

 

 

まるでカルチャースクールみたいじゃないか。
習い事感覚で、しっくりこない、ってさ。そんな甘いことをやっているわけじゃない。
僕らがやっているのは、もっとギリギリのことなんだって。
SMとは本来は秘め事であり、背徳的で、どろどろな世界観だったはずだろうって。

 

ということで、若輩ながら、考えてみました!
今の緊縛ブームについて。
お前が分かった風に語るな、と言われそうですが、一マニアの考察と受け止めていただければ幸いでございます。

 

 

 

 

 

私は緊縛講習会モデル出身で、
周りがみんな縛り手、受け手、という表現を多用するので、当たり前のように使っていたわけです。昔からある言い方だと思っておりましたが、割りと近年の造語だとはじめて知りました。
受け手以前は、
M女、愛奴とか、モデル…縄好きマニア女性、など…
だったのかな。
縛れる人は、縄師。緊縛師、緊縛マニア?ただ単にサディスト趣味の人?S男性?
と呼ばれていたのでしょうか。
というより、昔は縛れる人自体が、大変少なかったのでした。
今は爆発的に、一応、縛れる人が増えた。
どこまで出来るかは別として。


しかし縄好きはSM好きの中でもまた独立したジャンルらしく、
もちろんSM行為なんですが、縛る人はSじゃない場合が多い。
むしろ奉仕好きという性格じゃないと縄になんかはまらない。Mっぽい。
調教目的なわけでもない。S男性っぽくない人が多いし…
それに簡単に縄師とか緊縛師なんて、格式高い言い方で呼びたくないとも思っていました。
だから縛る人、縛り手。
縛られる人は縄を受けるので、受け手という呼び方が、なんとなくしっくりくる。縄が好きなだけでM女性じゃない場合も多いし、モデルっていうのもカッコつけすぎ、というか、見せるの前提みたいじゃないですか。
ということで、便利なんですよね。
縛り手、受け手、という呼称。
使い勝手がいい。便宜上、そのような造語が浸透したのでしょうか?

今までなんの疑問にも思っておりませんでしたが、
昔からのSMマニアからすると、相当違和感がある表現になるようです。
緊縛って、SMのエロだろう?
なのになんでそういうことになる?
と。

それほど緊縛、縄文化が、SMから独り立ちしてしまっているようです。

 



今の状況は、
もはやサークル感覚になってきていますね。まるで大人の部活動。それも悪いわけじゃないのでしょうが。
縄好きのコミュニティ内で縛りあいっこしたり、縄縄しているわけで。
お手合わせお願いします、縄で交流しましょう。
縄によるコミュニケーション、という感覚です。それも、もちろん楽しみの一つなのですが。(仲間がいるのは、やはりありがたい!)
今はポップなアート感覚の縄も流行ってますね。
それはそれでロープアートとしてすごいカッコいい!と思うのですが、いわゆる古典的正統派の緊縛とは全然違うし…。
同じ縄でも、ジャンルが違う。どちらもアートだけど、ベクトルが違います。
とにかく、いけないことをしている感覚が薄れているようですね。
そのくらい、縛られることが簡単になってしまいました。
若い子が簡単に、縛られたーい!と言ってSMバーなどで縛られ、簡単にショーに出たりするわけです。
昔からSM業界にいる方は信じられないみたいです。
講習会だって、ここ数年で増えたのでしょう?
そうなると、どうしても趣味的な感覚になるのですよね。
老後の楽しみの一選択肢のような。
結構ドロドロした官能世界のはずなのに、ほんわかしてきている。
絆、という概念も、割りと最近強調されているのでしょうか。それはいいとして…

 

 


このブログでも、よく縛り手さんと語りかけていました。つい一個前のブログ記事でも笑!

 

 



よくそういう言い方をしていたのは、
私にパートナーがいないからなんですよ。
パートナーがいたら、相手を縛り手だなんて呼びませんよね。私も自分を受け手だなんて自称しません。
なかなかいいお相手に巡り会えなかったのです。簡単に密室でプレイなんてしたくないですしね。
だからそれが便宜上、一番使い勝手が良かったのです。
恋愛関係だったら、彼 、旦那、主人、
プレイをするだけのお相手でしたら、パートナー、相方、
と呼んでいるでしょう。
SMっぽさを強調したいなら、主とか…。
コミュニティ内をちょろちょろしていて、縄縄しているから、そういうことになる。

 

 

明らかに、趣味感覚に近いですね。
(私はいつも、ガチプレイのつもりですけどね。講習会ですら。縛る人が引くくらい笑 だってすぐ酔っちゃうんだもの)

 

 


確かにそれでは面白くなくなるんだなあ。つまらない、という気持ちも分かります。醍醐味がなくなるというか、ちっともヒリヒリしないじゃないですか。
緊縛ブームとされていますが、一般化されるにつれ、SM感が抜けてきている。
逆に言うと、SM感を抜かないと、一般化は出来ないわけです。
SM感というか、被虐の美を尊ぶ価値観。
それは、マニアにしか理解出来ないお楽しみのはずです。つまりは一種のフェチシズムですね。
なのに、エロ要素、主に被虐感を抜かないと、一般には受けないわけです。

 

ということは、無理なんですよ、これ以上流行らせるのは。

世の中二次元のアニメ、いわゆる萌え〜が全盛なんですよ。
緊縛美の世界観に、合うはずがない。
社会全体が、幼くなっているような気がします。
緊縛の精神的なものを含めて、
理解されるはずがないのです。
まずは日本人の(海外の方も)情操教育から始めなきゃなりません。
文学部が不要とか言っている国ですよ。
SM業界を創生した濡木さんも、団鬼六先生なども、元々文学の人なのに。

 

 

 

サークル、部活感覚でいると、何が一番いけないって、色気がなくなるんですよね。
緊縛の根っこにある思想って、
女性美の崇拝、賛美ですよね。
見目形の美しさだけではありません。
大事なのは、色気。
すべての女性には、その人らしい美しさがあるんだよ、という思想です。
そして色気とは、隠すことから生まれるのですね。オープンになりすぎちゃダメなのよね。
(私もお行儀悪いから気をつけないと…。根がわんぱく坊主笑。)



スポーツみたいに、アクロバティックに
吊れてかっこよく形になってくるくる展開できたって、色気もへったくれもないように思えます。私にはね。批判になってしまいますが。
間を楽しむ、という大人の粋も、感じられないのです。
性行為もスポーツ感覚になりましたが、
緊縛もそのようなものですね。

色気がない。



元々は、閨房での、秘めやかな、大人のすけべだったのに…



飲み友達にゲームプロデューサーの男性がいます。
DMMで、緊縛ゲームを作ってよ!
とお願いしてみました。
DMMの人に打診してみてくれたらしいのですが、
マーケットが小さすぎて無理、と却下されたようです。
SM感があると、特殊なジャンルになりすぎて、売れ行きが見込めない、と。
だって、地上波は無理なんだから、ブームにはなり得ないよ、と。東京オリンピックあるから、ただでさえ規制が厳しくなっているし。
それに俺、緊縛がブームだなんて、全然知らねえよ、全然届いてないよ、
SMっぽさを抜かないと、流行らないよ、イメージ悪くて、と。
金持ちのマニア見つけて作ってもらうのがいいんじゃない?と。まあ、そんなオチに落ち着きました。
やはりSM、緊縛のイメージは相当ダークなのですね。慣れすぎちゃって、忘れていましたが。笑
その時の顛末は、また次回以降書いていこうと思います。


自分がハマっている緊縛の魅力を世の中に広めたい、という熱意がありましたが、
世間に広めるには大切なものをずいぶん薄めなくてはなりません。
そうなると緊縛は、腑抜けたものに成り下がってしまう。
意味がないのです。

 

 

やはり、マニアの特殊な性癖なんですよね、結局。
本格的な、正統派緊縛というものは。

それならば、
とことんマニアになった方が楽しいんじゃない?
と思いを改めました。
広さではなく、深さを極めよう、と。

 


私も、言い方にこだわるならこだわりたい!という思いがあります。
M女さん、と言われるのは、ちょっと抵抗があるんですよ。嫌なわけじゃないのですが。
被虐趣味マゾ的な性的嗜好を持つ女。
ではあるのですが…
ちなみに愛奴も嫌。奴隷じゃないもの。 

 

 

 

二人だけの空間で
縛られるということは、
この人になら何をされてもいいと、
受け入れるということ。
それはマゾヒズムでもなく、
女性の本能なんじゃないかしらね。
女とは、本来から犯される性なんです。
男を受け入れ、種を宿し子を産む性。
征服されたい、という本能が備わっている。(フェミニズムの人に怒られるかな。)
被虐の美こそ、女性らしさ、
M性とは女性らしさの極致なのではないですか?
目指すべきは、究極の女らしさ。
であるような気がいたします。
社会で働く以上、戦わなきゃならないわけですから、そんな女性らしさはなかったことにしなきゃならない。
だから、性的な行為ではせめて、とことん女でいたいのです。

だから、M女性、とわざわざMをつけないでもいいんじゃないかなと思うわけです。
私はただの一人の女なんですよ。
痛みがないと感じないわけじゃない、
血が出るまで打たれないと満足しない真性のマゾヒストではないんです。

 

 

 

縄が好きな女なんですよ。
すごく縄に入る。
マゾだから、虐められるのが好きでね。
そうだよな?俺の縄でいつもひいひいよがるもんな、お前。どろどろに酔うものな…。
そんな感じで言われるのは、嬉しい。
あれ。やっぱただのマゾですね。

 

 

テヘペロっ
(*/∀\*)イヤン

 

 

 

結局は、
男と女でいいんじゃないのでしょうか。
私は異性愛者なので、プレイ相手は男性がいいですし。
私とあなただけの世界。
それがすべてだったのに。
二人だけの世界では、
名前を呼び合えばいいのよね。

 



いざ、閨房へ。
皆さん、マニアに戻りませんか?
マニアらしいことを、とことん極めていきませんか?
じゃないと、どんどん面白くなくなる気がします。

アングラなら、アングラなりに、もっと地下に潜りましょうよ。

 


そして、名前を呼びましょう。
私とあなた、呼び方はそれ以外にいらないんじゃないですか。

 

 


そんな関係を育てられたら、他に何もいらないくらいの至福でありますね。

 

 

 

ううん、いいなあ。
二人の世界。
憧れだわ。

 

 

 

 

「最近、ナナちゃん業界を語るよね。何から目線で言ってるの?伝道師みたいになってるよ。そこまでしなくても…」
と地元の飲み友達に呆れられている私です。

爆笑!

ただのスケベなのに、何熱くなってるんでしょう。
馬鹿丸出し。
皆さん、ごめんなさい。
緊縛マニア女性の、一つの意見にすぎませんから…
なんとなく批評家目線みたいな感じでノリノリで語ってしまっているのを、ご容赦くださいね。
それだけ緊縛愛、業界愛が、熱いのです。
(プロレスファンであるから、根が熱血)
ただのマニアなんです❤️

 

 

 

(つ´,,・ω・,,`)つだっこ~

 

 

 


ということで、
名前…なのですが。
ナナという名はやはりよくある名で、
たくさんのナナちゃんがいますね。
差別化するために、苗字をつけました。

 

 

和泉那奈
イズミナナ

 

 

 

和の精神を尊び、泉のように魅力溢れる那奈でいたい。

でもこれまで通り、ナナちゃんでよろしくね。呼びやすくていいよね。


(*´∀`)アハハン♪

 


ナナより