縄酔いの宴

ちょっと辛口かもしれない。

緊縛美は一種の芸術表現だと思いますが、 崇高な意識で緊縛をやるのはちょっと違うとは思っています。 アートでもありますが、 根っこはあくまで、エロ。 男性なら起きなきゃ、女性なら感じなきゃ! エロくなきゃ、緊縛じゃない。 高尚になりすぎるのも、堅苦しくてつまらない。 だらしなさというか、余裕というか、 洒脱さ。抜け感。 適度に猥雑な感じがないと、生々しさが出ないように思います。

ショーモデルをやってみたい!と思っても、二の足を踏んでいるのは、 ドヤ!と人に見せつけるのが嫌いだからです。自己主張が苦手だし、性に合わない。 もともと目立ちたがり屋の性格ではなく、学生時代は教室の隅にいるようなタイプでした。 舞台上に立つなんて、緊張しすぎて無理です。笑

ショボーン…_φ(・ω・` )

ただ、縛られているときだけは、見られても平気なのです。 それは肉体的な露出というより、 精神的な露出行為のように思えます。 裸以上に、裸なんですよね。 喋るの苦手だから、喋らなくてもよいのが気楽。 喋らなくても伝わる。言葉なんか必要ないのが面白い。

それも、よりリアルで、凝った演出や作為的なものがない。 というなら、もっと面白そうだなと思ってます。 作り込まれたものって、 しらじらしくて冷めちゃいませんか。 どうせ演技でしょ?お芝居なんでしょ?って。 エンターテイメントと割り切ったSM緊縛ショーも見ていて楽しいとは思いますが、 正統派の緊縛美の表現となると、もう少し臨場感がある方が、胸に迫ってくる。 ような気がする。

あ、あと、 ショーでよくあるように、何回もくるくる展開するのは、 ワイヤーアクションでもいいんじゃないかな? わざわざ麻縄でやる必要ないじゃないですか。 中国雑技団じゃないんだから。

後手縛りが、一番奥深い。 実は一番面白い、そして難しい。 一縄一縄かけていくごとに、 だんだん女性の表情が変わっていくんですよ。少しずつ身動きとれなくされていく。縄に捕らえられていく。 一枚一枚女の覆いを剥いでいくんですよ。 女の表情が、 より妖しく、より艶っぽく、 より淫らに。変化していく。 いつもは見せない、普段は隠している姿をだんだんと露わにしていく。

その過程を楽しめる感性がないなら、 緊縛なんてやる意味がない、とすら言いたくなります。 後手縛りだけでも、十分エロい行為なのですが、結構ないがしろにされがちですね。

なかなか辛口!なことを言ってるかも。

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↑この顔文字可愛い❤️

  女の子は、後手縛りも催淫導入、儀式みたい! と言います。だんだんとエロモードに入っていくため、どんどん内側に入っていくための、儀式だと。 男はそういう言い方を嫌がる人いますね。 あくまで俺の性癖だ。性欲だ、と。 気恥ずかしいのでしょうか。 性癖だと言っても、完成した緊縛を写真に撮りたがる。ショーをやりたがる。 これは俺の女だ、俺はこれだけ縛れるんだ自慢?もあるでしょうが、 自己表現だから、作品作りという感覚もあるのでしょう。 苦労して覚えているんだから。   真面目に講習会を受けたりしてね。 きちんと縛れる方は皆、ストイックで真面目です。そして、縄の上手い人ほど、緊縛の怖さを知っている。

必要とされたい、好きな人に喜んでもらいたい、女性を美しくしたい、自分に自信をつけたいからやっている、という人もいると思う。 承認欲求を満たされたいのです。 縛り手も受け手も。 もちろん私も、です!

(´ω`)ゞエヘ

性癖でもあるけど、縛りは表現なのです。

エロいことを追求してたら、あまりにもそれが美しすぎて、 結果芸術だと認めざるをえない。   それが一番いいんじゃないかな? と思います。 それが、本当。 本物。

(๑•́ ₃ •̀๑)/

ナナより