縄酔いの宴

責め縄よりも辛いもの〜しくじりたくない

責め縄。

緊縛において、受け手に責め苦を与える嗜虐的な縄。

緊縛における王道。

いろんなことを端折ってズバリと言うならば、そんな感じの理解でいいと思いますが…

責め縄とはつまりはプロレス界におけるストロングスタイルのようなもので、

かの伝説的緊縛師明智伝鬼氏はつまりはアントニオ猪木のような存在であると、

私なりに勝手な解釈をしているのですが…

違いますか?

あ、ごめんなさい、違いましたか…

縄に闘魂はいらないって?

いる場合もあるような。

 

縄には人それぞれ個性がありまして、必ずしも相手をいたぶり服従させたいという、S的な縄だけではないようです。

今は愛好家の人口が増え、縄も多様化してきたみたいですね。

アートとして縄を女体に施す人も多いし、女性に喜んでもらいたい一心で快楽奉仕に徹する人もいる。ただの凝り性の人もいるし、自分を相手に投影して、相手が気持ちよがる様を見て興奮する…という、やや一人芝居的な縛りをする人もいて、

結構縛り手の人間性が如実に表れるものです。性癖だけでなく、性格が分かります。

もちろん受け手も剥き出しの自分が表れてくるわけで、お互い様。

何も知らないうちから、裸より裸。

それが面白さの一つなのですが…

怖さでもある。

 

割りと責めには強い体なのですが、

責め縄よりも辛いものが世の中にはたくさんあるわけで。

その一つが、テレビを観ると辛くなる。

私のようにちょっとはみ出した価値観をもっている、頭のネジが緩んだ人から観れば、テレビは脅威です。

世間の同調圧力を感じるんですよ。

テレビが提供する常識に従っていれば、みんなと同じで安心!楽チン!

この常識に則って生きなきゃ、お前は村八分、邪魔者除け者…生卵を投げつけられそう。なんだこの被害妄想。

視聴者と仮定されている架空の世間とされているものが怖い。お茶の間怖い。

未だなんとなくマイノリティであることを堂々と誇りきれないでいますから、

小心者の私は、疎外感と罪悪感に苛まれるのです。

責め縄よりも世間のSの方がよほど怖い。
浣腸調教よりも、社会的な制裁の方が恐ろしい…
もちろんお尻は大事です。

 

そんなわけで、今積極的に観たい番組は、しくじり先生くらいです。

理由は…

しくじりたくないから。

 

でも、結構若い人なんかはかなりテレビ離れしてますからね。ほとんど観ない層もかなりいる。

押し付けられるのが嫌。

情報を自ら取捨選択する権利がある。

幼いころからネットに親しんできた世代は、テレビなんて古い文明なわけで。

私が感じていることは、実際少数派でもなんでもないのでしょう。

 

 

 

近くに銭湯があります。

天然温泉風をうたう人口温泉なのですが、なかなか気の利いた施設なんです。

快楽主義者なので、銭湯やスパが好き。

庶民なので、銭湯が一番。

そこではなかなか地獄の責め苦を味わえる。

強力ジェットバスは噴射の勢いが凄すぎて、しかもかなりの高温のお湯、身体がえぐられ吹っ飛びそうなくらいの圧がかかりまして、一分ももちません。

隣には電気風呂。整体でかけられる施術より、ずっと強い電気が流れている。

如何にも心臓が止まりそうなビリビリ感で、十秒も持たない。

サウナの高温のむわっとした中には五秒しかいられないし、水風呂はなんか、足先突っ込むのが精一杯。

入れるお風呂がない!

結局、ちょっとぬるめの檜風呂しか入れませんでした。

癒しが欲しいのでしょうか。でも、銭湯はあそこまで責める必要ないと思います。

なかなかの地獄巡り。

意外とひ弱なのが分かりまして、

M女として負けた感が半端なかったです。勝ち負けじゃないけど!

 

如何にも素人画家作のベタッとしたヘタウマ的な富士山の壁画が、やけに心に沁みました。そんなに生き急がなくてもいいじゃないか。人間だもの。

休みたいときに休みなさい。

 

無理は禁物。

ということ。

  

緊縛師の責めには耐えられて、

近所の銭湯には耐えかねる。

そんなものです。

人の強い弱いなんて、じゃんけんのグーチョキパーの関係ですよね。

すべてにおいて強い人はいない。

 

丈夫でも、たまたま当たりどころが悪かった、ということも大いにありえるので、

くれぐれも事故にはご注意くださいね!

 

しくじりたくない!

ですよね。