縄酔いの宴

繊細じゃないM女はパンダになるといい

友人とバーで飲んでいて、つい熱くなった夜がありました。

 

縛られているあなたに繊細さは全然感じない。縛られる人で繊細な人は見たことない。
あなたは繊細じゃないよ。

何かの流れでそんなことを言われまして。


すごく引っかかったんですよね。
イラっとしたというか。

 

縄にハマる人は、どこか彷徨っているようなところがあって。精神の不均衡や不安定を感じやすい、ナイーブさがある人が多いように思っていまして。
ムキになって、私すごい繊細なんですけど!
とやたら強気に主張したら、
全く繊細ではないと。
バッサリ切られました。

 

感受性が高く、気持ちが人の言動によって揺らぎやすいところがあって、脆い一面もあるのだと。
繊細だと言われることの方が多いのだと。
力説したんですけど。

 

友人は、どこが繊細なの?
なんで繊細でいたがるの?
と呆れたように言う。

 

ちょっとそれから白熱しまして。

 

よく話を擦り合わせて嚙み砕くと、
その人の繊細という言葉の捉え方が少し違っている。

曰く、例えば伝統芸能、歌舞伎や唄、能や踊り、茶道や生け花、落語でもなんでも、
綿々と受け継がれてきた型や流儀があり、その決まりごとに則って、一流の人間は爪の先髪の毛先まで神経を通わせ、
きめ細やかに数手先まで読みながら
所作一つ一つに異常なほど気を使う。そして気を使っているそぶりを微塵も感じさせない。
そういう気の回し方が出来る人が繊細だと言うのだと。
あなたは決まりは関係なく、
縛られるときは自分を自由に表現をするわけだから、
受け手に繊細さはいらない。
縛り手に繊細さが必要なのは分かると。

一流の気の使い方というか、すごく厳しいところで繊細であるためには、余程強くないとダメなのだと。

目から鱗がボロボロ落ちました。

 

言葉の解釈の違いですね。
そういう意味での繊細さは私には全くないです。ルールに縛られるのが苦手な性格なので。自由さと繊細さはある意味相容れない価値観なのだと気がつきました。

 

その友人が今までの人生で繊細だと思った人は二人いて、二人ともヤクザのアネさんだったそうな。その場合決まりごとというか、仁義。なのですかね。気の回し方が、すごく繊細でカッコいい人たちだったらしいです。粋ですよね。
うーん。面白い話を聞きました。

 

それに、人前で縛られるのが全然平気な人が、繊細なわけないじゃないかとも言われました。

確かに!笑

どこかぶっ飛んだところがないと、無理でしょうね。

 

食い下がって、
繊細じゃなければ何がしっくり来るかと聞いたら、友人は
「可憐なんだよ」
と言った。

 

可憐な女。

 

それがすごく気に入りまして。

繊細な女より、
可憐な女の方がずっと可愛らしいじゃないですか。

 

愛され上手な気がする。
繊細という厳しさ潔癖さではなく、
ある種のおおらかさのようなものを感じます。

愛されるのも器量がいる。
どこかニコニコ堂々としてなきゃ、ダメなんですよね。
可憐でいるにも、芯が強くないと。
それもその強さがただのキツさになってしまっては、何の色気もないわけです。


いわゆる、
パンダのようなものですね。
生きているだけで重宝がられる。
美味しいポジション!
もともと自堕落な性格で、あんまり頑張りたくないので、そこを目指していきたいです。
頑張るのは、縛り手さん。
私は気持ちよくなるだけで、何も頑張りません。

 

全く繊細ではないので。


縄酔いパンダですからね!

 

客寄せパンダより