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縄酔いの宴

SMと生と死

性的快楽を追求するために縄をやる。

もちろんそれも楽しい。

単純に肉体的な快楽が欲しくて、

セックスの延長として、縄を道具に遊ぶ。

興奮導入、プレイの一環として、

愛撫として…縛る。

そういう人もたくさんいるけど、

もっと精神的なものを求める人も多いのですね。

 

なぜ縄をやっているの?と聞くと、

死にたいんだと思う。

と答える子もいる。

鬱病になって首を括りたくなり、

自然と縄に引き寄せられたという人もいる。

縄やSM行為は、

死にたい、という気持ちと結びつきやすい。

 

嗜虐心、支配欲、

愛情表現、性欲、女性賛美、自己表現欲求…単純に褒められたいから…必要とされたい、縄に酔う女のあられもない姿態と表情が見たい、

人と擬似的に繋がることで、孤独が癒される…

縛る側もいろいろな動機があって、縛る。

受け手は揃って似たようなことを言う。

縛られることで、肉体が不自由になることで、精神が解放されるのが気持ちいいのだと。

普段押さえつけているものを解き放って、ありのままの姿を晒す。

そこに安らぎを見出す。

 

私の場合、解放しているのは、自身の淫らさなんじゃないかな、と思うときがある。

縛るとどろどろした闇が出てくる子もいる。

私はどろどろしないらしい。

ただエロいだけ。

エロスって、生なんですよ。

普段の自分が死ぬことで、生が表れる。

だから、どろどろなんてしてるはずがないんです。

エロスです。

陰惨で、被虐的な、

女の儚くもねっとりとした情念…

それは生。

 

ただの淫乱なのでしょうか。

その方がタチが悪いのかもしれませんね。

M女の欲は底知れない。

 

 

馬鹿みたいに縛りが続いていた時期がありました。一週間に激しい吊りを連続で、しかもすべて責め。

みなさん容赦してくれませんから、

腰は痛いし全身筋肉痛だし、

しまいには耳鳴りがしてきました。

慌てて酸素カプセルに入りに行きました。多分、かなり血流が悪くなっていたんですよね。

銭湯で温泉にも入りました。

まるでコンディションを整えに行くアスリートのようでした。

整骨院にも通いました。

マッサージと電気治療を受けました。

隣の台で、慶応野球部らしきお兄さんが施術されていました。

アスリートとしたら、アマチュア大学生のレベルには並んだような気がする。

ドラフトにひっかかりますように…

私は神宮球場が好きなので、ヤクルトに行きたい。

古田を越えるキャッチャーになる。

 

つまりはなんだかんだで、

生きたいという気持ちが強いのかな、と思います。

同時に同じくらい激しく、死の欲動がある。

死んでしまいたい。何もかも忘れてしまいたい。

縛りが高まると、無になる瞬間があります。どこかノスタルジーのような感覚があります。

何も無いのが懐かしい。

生まれる前の世界へ回帰したいのか、

もしくは臨死体験に近いのか… 

 

それなのに、縛られた後は、

異常に食欲が湧きます。

血糖値の問題なのかなと思いますが、

強烈に生きたいと思う。

生きなきゃ、というエネルギーが湧いてくる。

パワフルな興奮があります。

まどろみの後のM女は、よく食べる。

縛りを始めてから、無性に肉が食べたくなりました。ストレッチと筋トレの成果で、体が丈夫になりました。

日本酒が飲みたくなりました。

それは単なるおじさん化?

とにかく、M女は強くなります。

 

縛りにはダイナミックなドラマがあるんだな、と思います。

生きたい気持ちと死にたい気持ちが攻めぎあう。SとMの濃厚な駆け引きがある。

時には激しい嫉妬と憎しみを燃やすこともあるでしょう…

そこには本能的な葛藤のドラマがあるように思います。

情念を解放し、

剥き出しの本性をぶつけあって、

人と繋がる。

 

こんなジェットコースターのような

ドラマを味わったら、

もはや、死んだように無感覚で生きてはいけない。

SMにハマる人は、より深く人生に入り込みたい、無我夢中になりたい、

そういう踏み込み方ができるのだと思っています。  

SM縄業界にいる人は、確かにはみ出し者で変わり者なのかもしれませんが、

心根の純粋な人が多い。

私はその純粋さが何よりも好きです。

  

刺激がほしいというくらいの中途半端な気持ちでは、不完全燃焼で何が欲しいのか分からぬまま他人の欲に流され、

結局、混乱したまま飢えだけが残る。

こじれてただの堕落になってしまいます。

 

だから本気で遊びたい。

本気で遊んだっていい時期が、人生にはきっとありますよね。

その記憶は、後々かけがえのない財産になります。

本気の遊びは、決してマイナスにはなりません。

どうせなら、輝かしい記憶にしたいものですね。

 

SMや縄の世界では、

生きている現実感覚を肌で感じます。

生がそれだけ生々しくなるような気がする。

そうすると、だらだらと生を送ることに耐えられなくなります。

 

仕事場と家の往復…代わり映えのない毎日。次第に生きている実感を忘れる。

死んだ魚のような濁った目をして、

脳を曇らせて、感覚を鈍くされていく。

思考停止で流されるがまま…

何者かの奴隷になる。

誰に飼われているのでしょう。

正体が見えない。

 

どうせなら、

私はS様の奴隷になりたい。

 

死にたい気持ちの裏に、
生きたい気持ちがある。

 

死を繰り返し、生を解放し、

素直に生きる。

 

 

 

自分に正直なMより