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縄酔いの宴

変態的映画考察①

私のように自らを変態だなんてわざわざ他人に明かす場合、

多くはその性癖を外部から客観的に眺めているという冷めた視点があるように思います。

自分の性癖をはっきりと自覚することが、そもそも稀なことでしょうから、

今までの人生でその欲望を発見し、自然と受け入れ、他人にユーモアを交えて語りうる…

それはもはや異常性や病理ではなく、

開き直りの自己承認といったような、

清々しささえあると思うのです。

抑圧から解放されることが、精神疾患の治療であることからも明らかです。

内なる欲望の声に忠実、かつそれとうまく大人の付き合いができる。

そうなると変態とは病理ではなく、

自らのすけべさを揶揄する大人の照れ隠しなのではないでしょうか。

欲求をなんらかの形で満たそうと日夜努力を怠らない真面目さ、

変態こそがアイデンティティになるという一種の誇らしさ。

変態は自分に嘘をついていないので、基本他人に寛容で優しく、根が明るいものです。

そんな正しい変態になるためには、まず自分と徹底的に向き合うこと。たとえ惨めで弱くてどうしようもなくても、

受け入れること。

その段階を経てようやく、自身の変わった欲望と、うまくお付き合いできるのです。

社会生活と両立をするために、欲望を高等な大人のお遊びや芸術へと昇華させられる。

そうなりゃしめたもので、人生もなかなか楽しい。

そこまで行き着くのが、至難の技なのでしょうが…人の心理なんて、歪んだりこじれたり、本当に、一筋縄じゃいきません。

 

前置きが長くなりましたが。

映画鑑賞が趣味の1つなので、最近観た中で特に引っかかったものを、私なりの観点から好き勝手に考察します。

 

ピアニスト

ミヒャエルハネケ監督

 

カンヌでグランプリとなり、話題となった傑作。

こんな病的な映画が絶賛されるなんて、人間も捨てたもんじゃない!

年上女性と青年の甘いラブロマンスかと思いきや、カミソリでバイオリンの弦を撫でるような、いや〜な展開。

それが滑稽かつなぜか愛おしく、

グロテスクなのに繊細…

すごく嫌な気持ちになるのに、

最後には一片の切なさが残る。

不思議な映画でした。

 

大学でピアノを教えるアラフォーのエリカ。人生を芸術に捧げてきた、孤高の天才ピアニスト。常に鉄面皮のような無表情で、他人を寄せ付けない冷たさがあるが、妥協を許さない厳格なレッスンには定評があった。

彼女は母親から徹底的な英才教育を受け、ピアノ以外の欲求はすべて排除するよう育てられた。

今も二人暮らしする母親は完璧な毒親で、娘の行動を逐一監視し、地味な服しか着せず、過干渉で娘を縛る。

少しでも自分の目の届かないところに行ったり、気にいらないものを身につけたりすると、ネチネチと非難をし、嘲る。喧嘩になっても、結局母親が哀しんだ様子を見せつけるだけで、

ごめんなさい、ママ!

とすがりついて謝るエリカ。

典型的な母娘の共依存関係にありました。

父親精神疾患で入院中。完璧に父親不在の家庭。ママと二人きりの世界に閉じこもってるエリカは、当然男性経験が皆無で、

友達もいないようです。

性的欲望がずっと抑えられてきたせいで、まともな形で性衝動を解消できない。

個室ビデオに入り、前の男性客が残した精液付きティッシュを嗅ぐ… 

カップルのカーセックスを覗いて、自慰ではなく放尿をする…

性器をカミソリで傷つけ、バスタブを血だらけにする…

鬼のピアノ教授はそんな、誰にも言えない裏の顔をもっていました。

 

ある日個人の演奏会で、エリカは若きイケメンワルターと出会う。

ワルターはエリカになぜか強烈に惹きつけられた様子。

つれない態度をされたことに火がついたのでしょうか、熱烈に、なりふり構わず追いかけてくる。エリカのレッスンを受けるために、難しい院の試験をパスしてまで…

 ワルターは他学部なのですが、ピアノの才能には恵まれているようで、教授たちから絶賛される。

たいしてストイックな努力をしているそぶりもみせないのに天才。しかも彼は明るくコミュ力も高く、仲間とスポーツにも打ち込む健康的な若者。

しかも超イケメン!

フランス映画というより、少女漫画のよう!

ママのいうことばかり聞いて、ピアノ一辺倒の孤独な中年エリカとは正反対の男性。

ワルターはエリカのピアノレッスンではなく、大人のレッスンを受ける気まんまんで、なりふり構わず求愛してきます。

散々冷たく拒否しながらも、まんざらでもなさそうなエリカ。

でも、男性経験皆無で、どうしたらいいか分からない。 

そんな中、事件が起きる。

教え子の少女が演奏するコンサートのリハーサル会場。

ワルターが少女の緊張を解こうと、自然と寄り添い、笑顔にさせる。そんなことも嫌味なくさりげなくできるあたり、相当な女好きのモテ男っぽい。

彼女の譜面めくりを手伝うワルターの背中を見て、

生まれて初めての激しい嫉妬にかられるエリカ。どろどろした衝動を抑えきれず、教え子のコートのポケットにガラスの破片を忍ばせる。結果、少女は手に血まみれになるほどの怪我を負う…

その騒ぎから逃げるようにエリカはトイレに駆け込む。心配で追いかけるワルター。個室にこもるエリカを見つけ、ひょいっと、あまりに鮮やかな身のこなしで、壁を乗り越え鍵を開ける。

そして、崩れ落ちるように、激しい抱擁を交わす二人。

しかし、性に対して罪悪感を抱く処女のエリカは、どうしても素直な交わりができない。ワルターのペニスをいじくりながら、精一杯の強がりで、駆け引きをしようと振り回す。

あれ?こんなはずじゃ…

ワルターわけわからず、寸止めでいかせてもらえず…。

なんか、想像と違う。

次のレッスンで、エリカは手紙を渡す。

ワルターは手紙じゃなく、会話で二人のルールを作ろうと持ちかける。

こらえきれずエリカの家に押しかけるワルター。罵倒する母親が入ってこれないようにタンスでドアを塞ぎ、

さあ、ようやく二人きりになれたのだが、エリカは頑なに手紙を読めと促す。 渋々応じるワルター

その内容は、私を殴れだの無能だと罵れだの、縛って母親とドア一枚隔てたところに放置しろだの、過激なドエムの要求が露骨に連ねてある。母親を裏切って男と快楽にふけることに罪悪感を感じすぎて、自罰的なマゾヒズムに陥った…そんな解釈ができそう。

これもしてほしい…とばかりに、ベッド下からプレイグッズを出してくる始末。私を愛しているならやってくれるよね?と、疑わない。恋愛において段階を経ることが重要だと知る由もない。ワルターの気持ちも考えず、彼を人間としてきちんと認め、尊重することもしない。

ワルターは顔を歪め、ドン引きする。

彼がエリカに抱いていた幻想が一気に崩れ去り、高潔な芸術家に見えた女が、ただの未成熟で複雑な病理を抱えたマザコン中年女だと理解する。完全に、彼女への恋慕は冷めてしまう。失望のあまり、嫌悪感を剥き出しにして立ち去るワルター

その夜隣のベッドで寝る母親は、散々エリカに嫌味と嘲りの文句浴びせる。

あんな男を連れ込んで。

売春宿でも開いたらどうだい?

エリカ、激昂し母親に襲いかかったかと思いきや、

ママ、愛してる!

と激しくキスをし、ムシャぶりつく。

はじめて他人に欲望を打ち明け、侮蔑とともに拒絶をされたことに、心底ショックを受けたのでしょう。

ママを裏切ったからこんなことに、ごめんねママ、というわけでしょうか。

ママは気持ち悪がるが、溜飲を下げる。

見ているこっちが気が滅入るくらい、ズブズブの依存状態…

 

それでも、今度はエリカが追いかける。高く張り巡らせた壁をはじめて乗り越えてきた相手に、執着をする。一旦火がついたらもう止まらない。

ワルターが友達と楽しむアイスホッケー会場に乗り込み、熱烈に迫る。なんでもしていいから、と、身体を提供する。

ワルターは情が湧いたのか、求めに応じるが、ペニスを口に含んだエリカは耐えきれず嘔吐してしまう。ワルターかわいそうすぎる!

あまりにムカついたんでしょう。

ワルターは夜、エリカの家に押しかけ、喚き罵倒を繰り返す母親を部屋に閉じ込め、エリカに暴力を振るう。血まみれになって、恐怖に凍りつくエリカ…望んだことなのに…現実は、ドエムの妄想とは違う。暴力はただただ恐ろしいばかり。

ワルターはエリカを犯す。無表情のマグロ状態のまま、散々責められレイプされる。お前が望んだことだろう?と、男は酷薄に嘲笑う。

立ち去るワルター

この映画で一番、傑作のセリフを吐く。

「男を弄ばないほうがいい。愛に傷ついても死ぬことはない。」

カッコいい!これこそ男の残酷さを如実に表したセリフ!と、私はなぜか爆笑をしてしまいました。

その後、怪我をさせた生徒の代役で、演奏会に出ることになったエリカ。

母親と会場に赴く。

心ここに在らずで、一人になりひたすらワルターの姿を探す。仲間とワイワイ騒ぎながら、颯爽と登場するワルター

エリカの姿を見つけると、何1つ気まずいそぶりも見せず、

先生、演奏楽しみにしています!

あまりにも爽やかに言ってのけ、会場内へみんなと向かう。俺は気にしてない、なかったことにするから。無論恨んでもいない。若気の至りだったんだ。君も気にするなよ!

そんな明るく健全な、彼らしい幕引き。

ワルターとの関係が完全に終焉したことを悟るエリカ。

母親の犠牲となってきた惨めな半生を悔い、自らを押し殺して戦わなかったことのきたツケが回ってきたのだと、ようやく絶望的な心情の最中で理解をしたのだろう。

バッグに忍ばせた短剣で、軽く胸を刺す。象徴的な自死

淡い色のシャツに血を滲ませながら、彼女は会場を立ち去る。

その姿には毅然とした過去との決別、

はじめて持ち得た自らの強い意思が見て取れる。 

 

とまあ、おおまかなあらすじなんですが、内容はエゲツナイ部分もあり、

それが妙に生々しい。リアル。だけど、崇高な芸術と、えげつないポルノがなんの違和感もなく溶け込んでいる。

それは主演のイザベルユペールの高い知性と上品さを備えた名演が作品に格調を与え、

ワルター役のブノワマジメルのあまりにストレートなイケメンっぷりが、凄まじい破壊力で陰湿さを吹き飛ばしているからかな。カンヌで主演女優賞男優賞揃って受賞しているのも頷けます。

 

ブノワマジメル、好きなんです。

何作か彼が出演している映画を見ましたが、なぜかすごく気になる俳優として、記憶されています。

顔がタイプなのでしょうか、役がいいから?

特に今回のワルター役、

トイレの個室の壁を乗り越え、内側の鍵を開ける、あの驚異的な身のこなしの軽さ。壁ドンなんか目じゃないくらい、かっこいいです。

彼のイケメンモテ男っぷりが、あの一瞬のシーンに集約されています。

目が、ハートになる…

 

ワルターはなぜ、つんけんした堅物の中年ピアニストに惚れたのでしょうか。

年上女性との甘美なラブロマンスを期待したのでしょうか。

ふわふわした動機よりも、もっと下卑た衝動があったように思う。芸術に携わるような濃いカルマをもった人間が、なんとなくでは人を好きにならない。

年上女性の個人レッスンで、大人の恋愛とセックスを仕込まれたい…というよりも、

お高くとまった女を陥落し、征服したい…というような。

人が惹かれ合うためには、何か強力な欲望が根底にあって、それが磁石のように本人の意思とは無関係に引き合う。

ワルターの根底にあるものは、やはりエリカの欲望と呼応した、サディズムであったような気がしてなりません。

健全な彼は必死に否定をしますが、

最後エリカを暴力的に犯すことで、

「ほら、お前の望むことをしてやったんだ、喜べよ」と言いながら、

結果的には自身の欲望もそこで満たしてるんじゃないかなあ。

じゃなきゃあんないかにもモテ男で、若い女に不自由もせず、それまでもそれなりに女遊びもしてきたように見えるワルターが、中年エリカになんて惹かれないって。

彼はおそらく以後の人生で普通に恋愛をして、普通に結婚をするのでしょう。

エリカとの暗い過去はなかったことにして。

そして正常とされる結婚という枠組みの中で、本来繊細な彼は女に対して絶望をしていくのじゃないかな。

いつしかあの狂った日々を悲哀とともに思い出すのでしょう。

 

歪な形の欲望解消ですが、

本人たちが前に進むためには必要な通過儀礼だったととらえたいのです。

 

でないと切なすぎる。